学位論文 「ハロゲン化銀微結晶の物性と感光の基礎研究と写真感光材料への応用」(東京工業大学、2000年)


 

題目「ハロゲン化銀微結晶の物性と感光の基礎研究と写真感光材料への応用」

1章 序論

1節 本研究の分野

 

2節 解決すべき課題

 

3節 本研究の目的

 

4節 本論文の構成

 

2

写真乳剤の従来知見

 

1節 ハロゲン化銀物理

 

 

 

1項 感光材料に必須な性質

2項 バンド構造

3項 光電子と光正孔

4項 イオン伝導

2節 写真感光メカニズム

1項 ハロゲン化銀微粒子

2項 分光増感と化学増感

3項 感光機構

4項 写真感度

5項 乳剤製造法

3節 写真感光材料

1項 カラーネガフィルム

2項 印刷用感光材料

3章 

微結晶のイオン伝導

1節 従来知見

 

2節 誘電損失測定

1項 Maxell-Wagner理論

2項 イオン伝導測定

3節 微粒子の特徴

1項 大結晶との比較

2項 表面の役割

3項 吸着化合物の影響

4項 その他の要因

4節 Frenkel欠陥分布

1項 空間電荷層

2項 フレンケル欠陥分布

3項 電子過程への影響

5節 相反則不軌との関係

 

4章 

微結晶の光伝導

1節 電子散乱と移動度

 

2節 移動度とトラップの深さ

 

3節 電子寿命と還元増感

 

5

写真圧力効果

1節 従来知見

 

2節 Triboluminescence

 

3節 圧力効果のメカニズム

 

6

層状構造粒子

1節 粒子設計の意図

 

2節 粒子の構造解析

 

3節 構造粒子の写真作用

 

7

超高感度フィルム

1節 大粒子の非効率

 

2節 超高感度フィルム

 

8

超硬調画像形成法

1節 超硬調現像の発見

 

2節 超硬調メカニズム

 

3節 製版システムへの応用

 

9

総括と展望

1節 本論文の総括

 

2節 今後の展望

 

  

  

学位論文「ハロゲン化銀微結晶の物性と感光の基礎研究と写真感光材料への応用」                  

 

第一章  序文 

 第一節 本研究の分野 

 本論文は民生及び営業写真の撮影用カラーネガフイルムとプリント用カラーペーパー、プロ・コマーシャル写真の撮影用カラーリバーサルフイルムとプリント用リバーサルペーパー、映画の撮影用カラーネガフイルムとプリント用ポジフイルム、インスタント写真フイルム、医療診断用フイルム及び印刷製版用フイルムなどのイメージセンサーとして用いられているハロゲン化銀微結晶の物性と感光の基礎研究と写真感光材料の応用研究に関する。 

ハロゲン化銀として、高感度の特性が求められる撮影用材料には臭化銀を、現像処理の迅速性が求められるプリント用材料には塩化銀を用い、また性能を制御する目的で臭化銀に沃化銀を、あるいは塩化銀に臭化銀を混合することが一般的である。これらのハロゲン化銀は難溶性の岩塩型イオン結晶であり、ゼラチンなどを保護コロイドとして水系で結晶成長させることができ、0.052.0μm程度の微結晶が実用されている。ハロゲン化銀の物性的な特徴は、第一に格子間銀イオンの存在によりイオン伝導度が高いこと、第二にバンド間隔が広いため熱的電子励起による雑音が低いこと、第三に間接遷移型のバンド構造であるため電子・正孔の再結合確率が低いこと、そして第四に電子・格子系のポーラロン効果により電子に比べ正孔の移動度が低いことであり、光照射に基づきハロゲン化銀が効率的に銀クラスターとハロゲン分子に分解される性質を有している。 

 

第二章 解決すべき課題 

筆者が富士写真フイルムに入社し足柄研究所に配属された1971年当時、実用の写真乳剤のハロゲン化銀粒子は硝酸銀とハロゲン化アルカリの水溶液をKnow Howで培われた添加方法で混合し、経験に裏打ちされたスキルで高感度化させ、調製されていた。その粒子はサイズ・形状・ハロゲン組成が互いに異なるいわゆる多分散の不定形粒子で構成されており、個々の粒子のサイズ・形状・構造と写真感度の関係を議論するのは実質的に不可能であった。一方、立方体あるいは八面体などサイズ・形状・ハロゲン組成が均一な単分散粒子の調製法は当時から知られていたが、感度が低くかつその原因が分かっていなかった。従って、実用化研究サイドから見ると現実とはかけ離れた基礎研究用のモデル粒子としてしか認識されていなかった。また高感化技術の開発のバックボーンとなる感光理論に関しては、Gurney-MottあるいはMitchellらがバンド構造・光伝導・イオン伝導・格子欠陥などの固体物理の観点でそれぞれ独自の理論を提唱していたが、微結晶を対象にした物性測定法が無くバルク結晶のデータのみで議論していたため、理論の妥当性に関し結論が出ていなかった。特に銀クラスター形成の要の格子間銀イオンが暗所ですでに存在しているか、あるいは光照射によりはじめて形成されるか論点の分かれるところであった。このような状況で、感光理論が実用化研究の開発指針を与えることが出来ていなかった。

 

1971年当時カラーネガフイルムの感度はISO-100であったが、より光の少ないシーンあるいはより動きの速い被写体を撮影したい、つまり写真空間(Photographic Space)を拡大したいという要望が強く、従来のKnow Howの延長でない超高感度乳剤の開発が望まれていた。しかし、Know Howとトライアンドエラーの延長では大きな進歩をもたらすことが困難であり、かつ多分散の不定形粒子を対象にした解析では感光の素過程、つまり光吸収・潜像形成・現像の各過程のそれぞれがどの程度の効率であり、何が非効率要因であるかの解析的を行うことが極めて難しかった。またフイルムの感度が低かったために撮影機材であるカメラのレンズは明るいことが必須であり、その制約のためにカメラの小型化あるいはズームレンズの搭載は制限されていた。

 

第三節 本研究の目的 

 本論文の目的の第一は、ハロゲン化銀物性を、写真乳剤に用いるサブミクロンの微結晶でかつ出来るだけ写真乳剤と同じようにゼラチンマトリックスに囲まれあるいは増感色素など感光に必要な吸着物が存在する状態で測定できる方法を開発することである。物性に関しては、第一にハロゲン化銀のユニークな性質でかつ感光プロセスの銀クラスター形成に直接関係するイオン伝導度の測定はMaxwell-Wagner効果を利用した誘電損失法で、第二に光化学反応の基礎になる光励起電子の微視的移動度の測定はブロッキング電極利用の磁気抵抗測定により、ドリフト移動度の測定は誘電損失法で、そして電子寿命の測定はブリッジバランス法で行った。第三に高感度感材の開発で問題となる写真圧力効果に対し低温トリボルミネッセンスの測定法を開発した。 

 

目的の第二は、物性測定から微結晶のデータに基づき、提案されている写真感光機構の妥当性に決着をつけ、さらにより定量的に写真現象を説明し実用研究に対して開発指針を与える新しいメカニズムを提案することである。 

 

本論文の目的の第三は、従来基礎研究用のモデル粒子であった単分散粒子に意図した粒子構造を付与することによって高感度化させ、写真感光効率と微結晶のサイズ・形状・構造の関係を明確にさせることである。意図した構造を粒子内に最適に組み込むことにより、従来技術では到達できなかった超高感度乳剤を開発し、Know Howの世界から微細加工技術と粒子設計の世界へ移行させることである。 

 

第四の目的は、微細加工技術と粒子設計で開発した超高感度乳剤をカラー感材に導入することにより、世界最高感度のカラーネガフイルムを開発し写真空間を拡大することである。またそれらの高感化技術を高画質・高感度フイルムを開発に転用し、より簡易な写真システムを作り写真文化の拡大を計ることである。 

 

第四節 本論文の構成

次に本論文の構成に関して説明する。第一章の「序論」では本研究の分野・解決すべき課題・本研究の目的・論文の構成に関して記述した。

 

第二章の「ハロゲン化銀写真乳剤」で本論文の基礎となる事象を解説した。第一節でハロゲン化銀の固体物理を、第二節で写真乳剤と感光メカニズムを、第三節で写真感光材料の基礎知識を、「改訂・写真工学の基礎・銀塩写真編」(()日本写真学会編)38「写真乳剤」と総説(4)に基づいて記述した。ここでは、写真感度は光吸収・潜像形成・現像の各過程の効率で決まること、潜像である銀クラスターの形成に対しイオン伝導が重要であること、そして電子・正孔の再結合と潜像分散(複数の銀クラスター形成)が主要な非効率であることを強調した。

 

第三章の「ハロゲン化銀微結晶のイオン伝導」では、第一節でイオン伝導に関する従来知見を、第二節でイオン伝導の測定法として開発した誘電損失法を、第三節で微結晶とバルク結晶でイオン伝導度が異なることおよびその差が表面効果に起因することを、第四節で微結晶内フレンケル欠陥分布に関する理論と実験を、第五節イオン伝導度と写真感度の関係を、論文(1)(5)(7)(9)の計8報に基づいて記述する。本研究に対して、昭和55年に日本写真学会から進歩賞を授与されている。本章では、ゼラチンマトリックスに分散されたハロゲン化銀微結晶はその伝導度に応じた界面分極により、誘電損失の周波数応答が現れ、その周波数応答から伝導度が算出できること、微結晶はバルク結晶に比べ23桁イオン伝導度が高いことを示した。従って、微結晶では感光に必要な格子間銀イオンは表面効果によって暗所ですでに存在していると結論した。結晶表面においてフレンケル欠陥(格子間銀イオンと銀イオン空位)は互いに独立に形成でき、かつハロゲン化銀において格子間銀イオンの生成が銀イオン空位に比べ容易であることがイオン伝導度の高い理由であると考察した。またフレンケル欠陥による空間電荷層が電子・正孔の再結合を防止する機能を持つこと、そして写真感光に対して適切な格子間銀イオン濃度が存在し、多すぎる場合潜像分散により非効率が逆に増大することを指摘した。

 

第四章の「ハロゲン化銀微結晶の光伝導」では、第一節で表面散乱によって決まる電子の微視的移動度の測定(東大眞隅研との共同研究、論文(10))を、第二節では電子のドリフト移動度を決める一時的トラップの深さの測定(口頭発表(1))を、そして第三節で銀の二分子クラスターである還元増感中心が電子寿命に及ぼす影響(論文(11))を、発表論文に基づいて記述する。本章では、臭化銀微結晶での光電子の移動度がバルク結晶に比べ低く、かつ負の温度依存性になること、その理由は表面サイトの銀イオンが0.21eVの深さの一時的なトラップとして作用するためであると結論した。還元増感中心の作用はその存在状態で変わり、表面電荷の少ない(100)面で正孔捕獲性が強いことを明らかにした。

 

第五章の「写真乳剤の圧力効果」では、第一節で写真圧力効果の従来知見を、第二節でハロゲン化銀粒子の低温トリボルミネッセンスの測定について、そして第三節で圧力による電子励起機構に基づく圧力効果のメカニズムを、論文(6)に基づいて記述した。本章では、写真乳剤の圧力効果が電子励起機構によって引き起こされるため、高感度乳剤において圧力カブリが大きいこと、その対策に圧力電子の発生防止とその電子の処理が重要であることを明らかにした。

 

第六章の「明確な層状構造粒子の開発」では、第一節で層状構造粒子の設計意図を説明し、第二節で粒子構造を検証する解析手法を、そして第三節で層状構造粒子の写真的な特徴を、口頭発表(2)と出願特許(リストNo.23)に基づいて記述する。本発明に対して平成9年全国発明表彰科学技術庁長官賞が授与されている。本章では、層状構造粒子の設計意図である光吸収と現像性の両立に加えて、潜像形成効率の改良が大きいことを示し、その効果が層状構造の界面で形成されるバンドベンディングによる再結合防止機構であると提案した。

 

第七章の「超高感度カラーネガフイルムの開発」では、1984年に発売された当時世界最高感度の超高感度カラーネガフイルムの開発に関する成果を纏め、第一節で大サイズハロゲン化銀粒子の感度飽和現象の解析を、第二節でカラーネガフイルムに導入した高感度化技術を、総説(1)(3)3報と口頭発表(4)に基づいて記述した。本開発に対して昭和60年日本写真学会から技術賞が、昭和62年日本化学会から化学技術賞が授与されている。本章では超高感度感材に用いる大サイズハロゲン化銀粒子では光吸収・潜像形成・カラー現像のいずれの過程においても大サイズ特有の非効率が存在することを明きらかにし、非効率を低減する具体的方法を示した。

 

第八章の「超硬調画像形成法」では、1986年に製品化され、従来のリス現像を一新させたヒドラジン造核剤を用いた超硬調画像形成法の発明を纏め、第一節で超硬調システムの発見経緯を、第二節で超硬調現像のメカニズムを、第三章で印刷用刷版感材への応用を、口頭発表(3)と出願特許(リストNo.13)に基づいて記述した。本発明と開発に対して平成3年日本写真学会からグラフィックアーツ賞が授与されている。

 

第九章の「総括」では、本論文の結果を総括し、今後の展望に関して記述した。 

第九章 総括と展望

 第一節 本論文の総括

 本論文において、銀塩写真の高感度と高画質を支える光センサーのハロゲン化銀微結晶に関し、固体物性(イオン伝導度と空間電荷層・光電子の移動度と寿命・トリボルミネッセンス)に関する基礎的研究、微結晶物性と写真感光現象を関連づける解析研究、高感度の層状構造粒子の開発と超高感度カラーネガフイルムへの応用研究、そして新規な超硬調画像形成システムの発明と印刷製版フイルムへの応用研究について述べた。足柄研究所における長年にわたる研究を纏めたものであるため、論文として一貫性に欠けることをご容赦願いたい。

 

 本論文の一番目の目的である微結晶の物性測定に関し総括する。第一に乳剤膜の誘電損失曲線からイオン伝導度の測定が可能になること、微結晶の電荷担体が表面で形成される格子間銀イオンであること、伝導度がバルク結晶より23桁高いことを示した。第二に微結晶中の電子の微視的移動度は表面起因の散乱によりバルク結晶より小さいこと、ドリフト移動度は表面サイトが提供する一時的電子トラップに支配されること、そして還元増感銀クラスターは電子寿命を低下させるが、その影響は銀クラスターが存在にする結晶面に依存することを示した。第三に低温において微結晶を圧力変形させると、電子系の励起が起こりトリボルミネッセンスが観測されることを示した。

 

 本論文の二番目の目的である物性と写真感光機構の関係に関して総括する。第一にGurney-MottMitchellの論争に対して、微結晶では暗所ですでに感光に対して必要な格子間銀イオンが存在するので、Mitchellの提唱する電子系励起による格子間銀イオンの形成プロセスは必ずしも必要でないと結論した。さらに格子間銀イオン濃度が高すぎる場合、複数個の銀クラスターを形成する非効率(潜像分散)が助長されるので適切な格子間銀イオン濃度が存在すること、表面でのフレンケル欠陥分布による空間電荷層は電子と正孔の再結合を防止する機能を持つことを提案した。また圧力により電子系の励起が起こることから、高感度乳剤で問題となる圧力カブリは励起電子によるカブリ形成であると提案した。

 

 本論文の三番目の目的であるモデル構造粒子の高感度化に関して総括する。粒子の内核にヨウ臭化銀を外殻に臭化銀を配置した層状構造粒子により、ヨウ臭化銀の光吸収の有利さと臭化銀の現像性の有利さを兼ね備えることが出来た。さらに層状構造粒子は界面に生ずる特異なバンド構造によると考えられる再結合防止機能により潜像形成効率の面でも大きな改良効果が得られ、結果として明確な層状構造粒子は従来の実用乳剤の性能を上廻ることが出来た。

 

 本論文の四番目の目的である超高感度カラーネガフイルムの開発に関して総括する。大サイズハロゲン化銀粒子における光吸収・潜像形成・カラー現像の各過程の非効率解析から、青光反射層、平板状二重構造粒子、そして現像促進型Aカプラーなどを開発することにより、1984年超高感度カラーネガフイルムを開発し写真空間を拡大した。その後、層状構造粒子の技術は更に改良されISO-400の高感度・高画質フイルムの開発に応用され、ISO-400フイルムの汎用化およびそれを搭載した簡易撮影システム(レンズ付きフイルム)の発展に貢献した。

 

 第二節 今後の展望

 1835年にW.H.F.Talbotが塩化銀感光紙で「光子窓」を撮影し、1839年にL.M.Daguerreが沃化銀のダゲレオタイプを公開したときから、ハロゲン化銀が感光の光センサーとして採用されてすでに約160年の時間が経過している。しかし、セレンあるいは酸化物を使った「電子写真」の挑戦、1970年代の銀価格の高騰、いわゆる「銀ショック」、以降のハロゲン化銀代替材料の探索、1980年代のマビカから始まるSi基盤のCCDを用いたデジカメの急速な画質進歩の中でも、ハロゲン化銀の高感度と高画質を越える撮像システムは未だに出現していない。ここでは今後ハロゲン化銀材料に期待される進歩と果たして改良の余地がどの程度あるのかを考察してみる。

 

銀塩写真の特長は、レンズ付きフイルムに象徴されるように、高感度でかつ撮影ラチチュード広くとれるので、廉価で、簡便で、エネルギー不要の撮影システムを提供できることである。他のシステムでは出来ない特長を今後も更にのばすためには、写真空間を押し広げる高感度化と小型・軽量化のためAPS(新写真システム)のような小フォーマットに対応できる高画質化が基本性能の向上としてやはり最重要課題でとなる。当然のことながら、銀塩写真の高いS/N比と高生産性のために必須であるが煩雑な処理の問題に関しては、今後もミニラボなどの集中化処理を前提に簡便・迅速化あるいは機器の小型・軽量化を押し進める必要がある。さらに画像転送など、画像利用の機会を増やすハイブリッド化のため、必要な画素数で簡便に取り込むデジタイズ機器の充実が望まれる。銀塩写真のもう一つの重要な展開はプロ写真とこだわりのアドアマの厳しい要求に応える超高画質にある。極限までの高画質と忠実再現を徹底して追及するとともに、再現性のある製造技術と品質安定化技術を更に進歩させる必要がある。

感光効率を高めるための第一のポイントは光捕捉率の向上である。ハロゲン化銀蒸着膜に吸着したシャープな色素J会合体は吸収ピークでも高々20%前後であることから、各感光層で波長に対して積分した光捕捉率に関しては大きな進歩が狙える余地があることは自明である。第二のポイントは究極の量子感度を実現することである。本論文の最後に究極の量子感度を与える感光機構に関して考察を加える。光の吸収により、まず増感色素の励起状態から色素正孔を残してハロゲン化銀へ電子注入が起こる。この電子注入効率は増感色素のLUMOレベルを適切に選択すれば、ほぼ100%にすることは可能である。一方、色素正孔からのハロゲン化銀への正孔注入は容易でないが色素のHOMOレベルの選択により可能である。注入された正孔は一般に再結合の原因になるが、本論文の第一章第二節に記述した還元増感中心(銀の2量体クラスター)に捕獲されると、単銀原子の熱崩壊に伴いLowe電子を発生させる。結果として1光子2電子過程を実現させることが出来る。この2電子が感光中心(カルコゲン金銀2量体クラスター)でロスなく捕獲されかつ格子間銀イオンと結合すれば、感光中心においてAg原子の2量体が形成することになる。感光中心においてカルコゲン金銀クラスターとAg原子の2量体が交換すれば、Au原子の2量体クラスターを形成することは不可能ではない。写真的な検証から、Au原子の2量体クラスターは現像活性があると考えられている。従って、究極の量子感度は1光子と結論する。 

 

上記の考察から、銀塩感材は光捕捉効率を高めかつ究極の量子効率に近づくことにより、約10倍以上の高感化が可能であると考える。しかし極限を実現するには、提案された感光機構の実現性の検証、実現するための新しい粒子構造の設計、そして新構造を組み込むための超微細加工技術の確立など長い地道な努力が必要である。

 

 

技術発表(論文・総説・書籍・口頭発表・特許)のリスト

 

1)発表論文(11報)

  1. Ionic conduction of silver bromide emulsion grains by the measurements of dielectric loss

  Shunji TAKADA : Jap. J. Appl. Phys., 12, 190 (1973)

 

  2. Ionic conduction and space charge layer in silver halide photographic emulsion grains

  Shunji TAKADA : Photogr. Sci. Eng., 18, 500 (1974) 

 

  3. Ionic conduction of silver bromide emulsion grains as affected by dye adsorption

  Shunji TAKADA and Tadaaki TANI : J. Appl. Phys., 45, 4767 (1974) 

 

  4. Effects of dye adsorption upon ionic conduction of silver bromide emulsion grains and  discussion on dye sorption

        Tadaaki TANI and Shunji TAKADA : Photogr. Sci. Eng., 18, 620 (1974) 

 

  5. Distribution of interstitial silver ions in silver bromide microcrystals

  Shunji TAKADA : Photogr. Sci. Eng., 19, 214 (1975) 

 

  6. Low-temperature triboluminescence of silver halide microcrystals

  Shunji TAKADA : Photogr. Sci. Eng., 21, 139 (1977) 

 

  7. 硫黄増感乳剤の高照度相反則不軌と乳剤粒子のイオン伝導度の関係

  高田 俊二:日本写真学会誌,421121979 

 

  8. Sensitization by photographic stabilizer as related to their influence upon ionic conduction of silver bromide emulsion

       grains

           T.TANI, Y.SANO, S.TAKADA and M.SAITO : J. Photog. Sci., 28, 28, (1980) 

 

  9. 写真乳剤粒子のイオン伝導と空間電荷層の研究

   高田 俊二:日本写真学会誌,4481,(1981 

 

  10. A size effect on the mobility of slow electrons in microcrystalline AgBr

      Akihiko HIRANO, Taizo MASUMI and Shunji TAKADA : J. Appl. Phys., 53, 3093, (1982) 

 

  11. Electrochemical and photographic properties of silver specks formed during reduction sensitization on AgBr emulsion 

       grains

    Tadaaki TANI and Shunji TAKADA : Photogr. Sci. Eng., 26, 111, (1982) 

 

2)総説(4報)

  1.超高感度・高画質カラーネガフイルムの開発

  伊藤 勇,高田 俊二,池上 眞平:日化協月報,37181984 

 

  2.高感度写真フイルム

  高田 俊二:固体物理,218351986 

 

  3.超高感度・高画質カラーネガフイルムの開発

  高田 俊二,平野 積:Dennki Kagaku56,(1988 

 

  4.高感度・高画質を支える感光性ハロゲン化銀結晶の進歩

  高田 俊二:日本写真学会誌,613,(1998 

 

3)書籍執筆(2報)

  1.90年代の光機能材料 ニューメディア時代のキーテクノロジー”,大森豊明編,八章 画像記録からみた光機能材料(Ⅰ),p.202225

        株式会社工業調査会(1986 

 

  2.“改訂 写真工学の基礎 - 銀塩写真編”,(社)日本写真学会編,38 写真乳剤,p.292320,コロナ(1998 

 

4)口頭発表(本論文へ引用した発表のみ記載)

  1.Photo-conductivity of AgBr Photographic Emulsion Grains with the Dielectric-Loss Method

S.Takada,32th Annual Conference of SPSEBoston 1979

 

   2.Review of the Photographic Emulsion Containing Double Structure Grain

S.TakadaH.AyatoS.Ishimaru,Internatinal Congress of Photographic ScienceKoln 1986 

 

  3.An Innovative Rapid Access System for Halftone and Line Work

S.MoriuchiN.InoueS.Takada,25th Fall SymposiaImagingVirginia 1985 

 

  4.The Factors determining the Photographic Sensitivity of Coarse Emulsion Grains

         S.TakadaN.OhshimaY.NozawaK.Mihayashi, The International West-East Symposium on the Factor influencing

      the Photographic Sensitivity (Hawaii 1984)