大石恭史、講座「カラー銀塩写真感光材料の技術革新史」、日本写真学会誌

 

 

 

日本写真学会東陽賞(2012年度)の記載を転用

 

大石恭史氏は1958年に富士写真フイルム(株)に入社され、カラー写真の母体となる写真用素材の使用技術の開発、次に責任者としてカラーインスタントシステム「フォトラマ」の開発を行い、さらに足柄研究所長・宮台技術センター長として技術開発と商品化に大きな業績を上げ、広い分野の多くの研究者に大きな影響を与えてきた。2002年に代表取締役として退任された後、念願であったカラー写真の技術史を執筆するため資料・文献などの調査から開始された。綿密な調査と40 余年に渡ってカラー感材開発に携わった見識で、「カラー感光材料の技術革新史」を纏められた。

 

本技術史は、「分光増感」・「発色現像」・「インスタントカラー」・「銀色素漂白カラー」からで構成されており、2007705 号から2009726 号までの10 篇の講座として、学会誌に掲載され、本会に対して、カラー感光材料の分野での学術的な活動を本会のアクティビティーの中でも活発に展開し、本会の発展に貢献した.

 

この様に、国立科学博物館が産業技術史の系統化として該分野を注目し始めているのを機に、当会が関連する領域の産業技術のパイオニアとして、また技術革新史を纏められた功績は東陽賞に値する。

 

略歴

 

1958年 東京大学工学部大学院卒

 

1958年 富士写真フイルム()入社

 

1982年 同社足柄研究所所長

 

1998年 同社専務取締役,技術・研究・開発業務管掌

 

2000年 同社代表取締役

 

2002年 同社退任

 

1994年 ()日本写真学会会長

 

2001年 日本写真学会名誉賞受賞

 

 

 

  1. 分光増感(上)1920年代まで 705295-3052007

 

銀塩感光材料の分光増感技術の歴史を,その大きな流れを方向付けた次の主要な転換点に於ける、技術革新過程に重点を置いて概観する:①色素増感の発明、②色素の進化-シアニン類の主流化、③科学の役割-シアニン化学の確立、④新合成法創出。

 

 

 

  1. 分光増感(中)1930年代以降の増感色素 706334-3472007

 

 1930年代以降の分光増感色素の進化とそれが写真産業にもたらしたインパクトを次の観点に重きを置いて歴史的に概観した。①シアニン色素の新合成法、②メロシアニンの発見、③高性能増感色素の出現、④感材感度の大幅向上、⑤感材メーカーの有機化学力、⑥企業内研究。

 

 

 

  1. 分光増感(下)増感色素を活用する科学技術の進歩 71120-302008

 

 分光増感の科学的研究とその技術への反映を歴史的に概観した。1920年代以来、分光増感の機構に関する研究が特に次の分野で広汎になされ、近年には増感の基礎過程を明らかにすることに成功した:①増感色素分子の物性、たとえば光吸収特性と酸化還元電位、②色素の乳剤粒子表面への吸着、③色素分子会合、④異種色素問の共同効果(スーパーセンシティゼーショソ)と⑤増感過程の速度論。このようにして蓄積された知識は、増感色素を有効に機能させるための技術の発展をもたらし、高性能カラー感材の開発に貢献した。一方1980年代に導入された平板状乳剤粒子は、光を有効に吸収する、より多くの色素の組み込みを可能にし、感材性能の新たな成長をもたらした。

 

 

 

  1. 発色現像(1)発色現像の発明と多層カラー感材 713184-2022008

 

 発色現像の化学の発明と最初のモノパック(重層構成)感材への応用に始まる近代カラー 写真誕生の技術革新の歴史を概観した。1912年にR. Fischerは、diamine系のカラー現像薬を有機活性化合物(カップラー)と、露光されたハロゲン化銀の酸化力によって縮合(カップリング)させることによって、減色法再現用の色素を乳剤層内に形成することを発明した。しかし彼の原カップラーはモノパックの各層内に固定することはできなかった。L. MannesL. Godowsky,Jr.の二人はこの困難を、反転銀像の制限浸透漂白を含む多段階処理によって克服した。これが、1935年にEastman Kodak社の Kodachromeフィルムを産み出した。ここから、発色現像に基づくモノパック感材の近代カラー写真 の時代が始まった。

 

 

 

第2部 発色現像(2)カプラー内蔵型感材の実現とその衝撃 714259-2752008

 

 1936年に、革新的な技術に基づくAgfacolor Neu反転フィルムの突然の市場導入によって近代カラー写真が開幕した。Agfa社のW. Schneiderらは、分子内に脂肪族基と酸基を併せ持つ耐拡散性カップラーを乳剤層に組み入れることによって、1度のカラー現像 によってネガ像、反転像のいずれをも形成できるこの革新技術を実現したのであった。これに対抗して Eastman Kodak社の研究者は、分子内に疎水性基のみを持つ「オイル分散型」の耐拡散性カップラーを案出して、1941年に類型のKodacolor反転フィルムを開発した。これら新型のカラー感材の出現によって、在来の多様な加色法プロセスは急速に衰退していった。

 

 

 

  1. 発色現像(31940-1950年代におけるKodak社 715349-3672008

 

 4050年代にKodak社はカップラー内蔵型感材の色再現の改良に強力に取り組んだ。新しい現像薬とカップラー等が、基礎研究の基盤の上に開発された。特に大きな効果を挙げたものとしては、3-acylamino-5-pyrazoloneマゼンタ、pivaloylacetanilide イエロー のカップラーがA. Weissbeger, P. Vittumらによって、カラード・カップラー型マスキン グがW. Hanson,Jrらによって夫々見出され実用に供された。生産面ではT. Russellらに よって発明された同時多層塗布法が感材の品質と生産性を飛躍的に向上させたばかりで なく、感材設計に発展性をもたらした。1960年頃Kodakの感材技術は第1次の完成期に達し、業界他社に向かうべき方向を示していた。

 

 

 

2部 発色現像(41970年代以降の高度化 716410-4242008

 

 1970年代以降に、それまでにKodak社によって築かれた技術基盤の上に、富士フイルム、コニカ、Agfa-Gevaertなどの感材メーカーが夫々独自に開発した新カップラーを携 えて技術革新に参入した。世界の主要感材メーカーは競合しつつも全技術水準の向上に よってカラー写真材料事業の成長維持に協力したのであった。カップラーの主要な技術 革新の一つに、新規の骨格分子構造の導入があった。これによって、鮮やかな色再現、画像の長期保存、感材設計の合理化が実現した。典型的な新骨格には、マゼソタのpyrazolotriazole、シアソのpyrrotriazoleの新型の反応性縮ヘテロ環と、イエローの置換

 

基としてdioxothiadiazine環があった。これら新世代カップラーの発明は、ヘテロ環化学の適用によるところ大きく、多くの研究者の長期にわたる組織的協力から産み出され た。

 

 

 

2部 発色現像(51970年代以降の高度化 72295-1152009

 

 1970年代以降に、それまでにKodak社によって築かれた技術基盤の上に、富士フイルム、コニカ、Agfa-Gevaertなどの感材メーカーが夫々 

 独自に新アップラーを携えて技術革新に参入した。世界の主要感材メーカーは競合しつつも全技術水準の向上によってカラー感材事業の成

 長維持に協力したのであった。カップラーの主要な技術革新の一つに、カップリング離脱基を持つカップラーの開発があった。その一つの

 機能形態である2等量カップラーは発色現像を効率的にし、感材層をスリムにした。もう一つの形態であるDIRカップラーはカラーネガ感 

 材の画質を飛躍的に向上させた。ここでは、これらのカップラーの技術発展の歴史を、技術文献から描き出した。

 

 

第3部 色素転写-インスタントカラー写真 724278-2992009

 

 

 

4部 銀色素漂白法とインビビジョン法 726413-4302009